勉強が嫌いすぎる
私は、大学の野球が終わるまでは、勉強が嫌いで嫌いでたまらなく嫌いでした。
なので、毎日の復習をする意味を見出せず、野球の練習が終れば、机に座ったとしても集中力は5分ももたなかったと思います。
なぜ、この時代は勉強が嫌いだったのでしょうか。
それは、最終的な目的をプロ野球選手に掲げていたためかもしれません。
目的がプロ野球選手だと、勉強する意味がないと当時思っていたので、勉強は必要ないものだと思っていました。
必要だった
野球の夢が断たれて、就職活動も全くしていない、大学4年生の6月、ここから何をしようかと思った時に、私の選択肢には、
「勉強」の2文字しかありませんでした。
集中力が5分も持たない状況、本をまともに読んだことがない状態からのスタートだったことを今でも覚えています。
友達が就職活動を終え、旅行に出かけている時に、大学の図書館で一人、続かない集中力を少しずつ長くして、
孤独と戦っていたことを今でも覚えています。さらに、みんなが大学祭を楽しんでいる間にも、大学を引き上げ、地元の図書館で、
孤独と向き合って勉強をしていたことを今でも思い出します。昼ごはんを外で食べ、空を眺めながら、俺の人生どうなるのか、
そんな不安とも向き合っていたことも今では、懐かしい思い出です。こんな振り返りをするとは思ってもみませんでしたが。
今日も孤独と戦っていきましょう。


